泉町2丁目商店街振興組合 2006.06.05
穏やかで優しそうに見えた金沢理事長はその通りの人柄であり、
終始笑顔を絶やさない気さくな方であった。

明治5年創業の金沢屋前当主は人情味溢れる人物だ。
金沢屋は、金物屋、自転車屋、玩具屋、雑貨・喫茶店と時代の流れに乗ってきた。新しい情報をいち早くキャッチし、自分で考え、行動する力が大切と語る金沢理事長は、煙草組合や法人会、全国商店街振興組合の茨城代表を務めるほどのパワーを持っている方でもある。そんな理事長にこの街について聞いてみた。


時間を忘れてしまうほど聞き入ってしまう会長の話は、現代を生きている私たちにもとてもためになる事ばかりだ。 店先でお客様に会うと必ず挨拶をかわす。「今日は良い天気ですね」「暖かくなってきましたね」なんでもない世間話がとても嬉しい。

『昔の泉町はどのような街でしたか?』
街並みはもっと古めかしかったけれど、町内がまるで家族の様で、夜ご飯のおすそ分けに行ったり、一緒に食べたり。この土地ならではの親密感があったと懐かしそうに語ってくれた。

その頃は子供もたくさんおり、子供会の旅行ともなるとバスが2台出ても足りないくらいだった。しかし今は、街並みはにぎやかになったが、もと居た住人も郊外に住む様になり、子供も大人も、住人が少なくなってきた。お店はたくさんあります。でもみんな、郊外から通ってくる。それじゃ地域に密着した商店街はつくれない。マンションが建設されるのも大賛成。住む人がいなければ、街は活気付かない。
昔のような、街が家族みたいというのは現代ではもう無理かもしれないが、あの頃のような街ぐるみの付き合いというものをもう一度持って欲しい。そして、ぜひ若い人達に住んでもらいたい、新しい活気や人々の繋がりをどんどん作って欲しい。
願いを込め、熱く語っていた理事長の目に明日への力を感じた。


理事長は毎日街に植えてある花をみて歩き、ひとつひとつ水やりをかかさない。
歩道の掃除や街の人達への挨拶も習慣となっている。
「結構大変なんだよ」
笑いながらそんな話をするところからも、この街への愛情を測ることが出来た。それ故に、街の発展も切望して止まない。
泉町にある地下駐車場が作られる時、真っ先に協力しようとしたのも理事長だ。
『ぜひ工事員の事務所に』と店を空けて使ってもらった。
既に車社会の時代になり、商店街に来て貰うには止めやすい駐車場が必要。そのための開発に協力は惜しまないというその姿に感服する。
「工事員の人々と毎日話して、事務所の掃除も私とうちの奥さんの2人でやりました。」
何か行動を起こそうとする人は、小さな事から良く積極的に動くのだなと感じさせられた。
自身の「金沢屋」も時代のニーズに合わせて様々な業種の展開をしている。
「色々と変わる事は恥ずかしい事じゃない。ずっと同じ商売で同じ方法でやっていたら潰れてしまいます。それなら新しい事にどんどん挑戦していかないと。」
70歳を越え、なお古きを温(たず)ねて新しきを知るという姿勢を崩さない、新しいことに挑戦する勇気とみなぎる力が溢れている。
そんな理事長が語った商店街のこれからの在り方は感慨深いものがあった。

「ちょっと寄ってみようか」そう思わせる個性ある商品展開や店づくりをしていくべき。
せっかく京成がリニューアルオープンし、人通りも多くなった。それならばその人たちが寄ってみようかな?と思ってくれるような店でなければ生き残っては行けない。例えば京成さんで売っている素敵なものを商店街で売って売れるか?京成に来たお客様は京成さんで買っていきますよね。そしたら特徴的な店にしていかないと。
“これはあそこの店でしか手に入らない”そういったものを持つことが大切。
それは商品であったり、雰囲気であったり、サービスであったり、スタッフであったり・・・様々だ。
そのためには元気のある人々が来て、街の活性化を促してくれるのが一番。
人と一緒で街も新陳代謝が大切だということだ。

日常に流されがちな私たちも同じ事が言えないだろうか?人も街も新しい日を生きている。新しい息吹を取り入れながら発展する様は、街も人も変わらない。そんな事を教えて頂いた1日だった。

もし、商店街で一つ一つの花に水をやっている姿をみかけたら声をかけてみてください。きっと力強いパワーと笑顔がもらえますよ!

街中ひとつひとつの花を毎日見回るその姿に感服。
現在の金沢屋(H18.5.3リニューアルオープン)。常に進化し続けているが、暖かさはきっと昔と何一つ変らないのだろう。